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□世界の屋根と呼ばれるヒマラヤには、南北アメリカ大陸やアフリカ、オーストラリアなどには見られない独特の高山植物が生きています。その中で最も代表的なものは、温室植物あるいはセーター植物と呼ばれている植物群です。ここではこの温室植物やセーター植物を中心として、シベリアの高山や日本の高山と比較しながら、ヒマラヤ特産の不思議な植物をご紹介します。 □温室植物とは、文字どおり温室に入れて育てる植物のことではなく、植物体の一部が変形して「温室」になり、花をその中で咲かせる植物のことです。例えば、キク科トウヒレン属のボンボリトウヒレンが温室植物としてよく知られているものです。ボンボリトウヒレンでは、茎の上部につく葉の葉緑素が抜けて半透明となり、花を取り囲んでいます。つまり、自分自身の体で温室をつくってその中に花が入り、ヒマラヤ高山帯の厳しい環境から花(早い段階では成長点)と花にやってくる昆虫たちを保護しているのです。「温室植物」とはこのような植物のことを指すのです。温室の完成の程度には、完全に花を被っているものから、ほんの少しだけ被うものまで種類によっていろいろな段階があります。 □一方、セーター植物とは、ちょうど寒いときに私たちがセーターを着込んで寒さから身を護るのと同じように、植物体が柔らかい綿毛で被われるものです。温室植物と同じように、キク科トウヒレン属のワタゲトウヒレンがその代表的な植物です。 □ヒマラヤはその昔、海の底にありました。そのことは地球上の最高峰サガルマータ(チョモランマ、あるいはエベレスト)の頂上付近から貝の化石が出てくることからも容易に想像できます。一説によると、ヒマラヤが海面から顔を覗かせたのは約1700万年前のことだといわれています。その時から今に至るまで隆起を続け、高山帯(標高4000-5000 m)の成立に至っています。この、成立に要した時間は50億年ともいわれる地球の歴史からみれば極短い時間です。今私たちがヒマラヤの高山帯で見ることができる高山植物たちは、この相対的に短い時間に爆発的な進化を遂げたのでしょうか?それとも、ヒマラヤ以外のもっと古い歴史をもった山々に起源の地を求めることができるのでしょうか?まだまだ研究を進める必要がありますが、上にご紹介したキク科トウヒレン属の温室植物とセーター植物ではシベリアの高山にそれらの「原型」らしきものが生きていることが分かっています。 □次に、キンポウゲ科のトリカブト属とオオヒエンソウ属についてご紹介しましょう。トリカブト属植物は古くから典型的な虫媒花として知られてきました。その秘密は花の構造にあります。青紫色のヘルメット状の萼片に包まれた花弁から甘い蜜を分泌し、その蜜を吸いにやってきたハチによって上手く花粉が運ばれるようになっているのです。ところがヒマラヤの高山帯に生きるトリカブトの中には、一応花弁はあるものの蜜を分泌しないものや、花弁そのものが退化してしまっているものもあるのです。これらのトリカブトたちはヒマラヤの高山帯に生きる小型の種類と外見上の違いは認められません。まさしく「普通の」トリカブトです。おそらくハチたちもこの外見に騙されて訪花するのでしょう。ハチたちが吸蜜の行動をとっても、そもそも蜜が分泌されないのですから、蜜を吸うことができません。しかし、トリカブトにとっては、蜜はつくらなくて良いし、花粉は運んでもらえるしの一石二鳥です。植物にとって蜜を生産するということはたいへんな負担になっているからです。つまり、蜜をつくらなくなったトリカブトは蜜をつくる「普通の」トリカブトに擬態していると考えることができるのです。ヒマラヤ高山帯の一群のトリカブトたちはエネルギー消費を抑えることによって生き抜いているようです。 □オオヒエンソウ属(デルフィニウム)はトリカブト属に近縁な植物群で、和名の飛燕草は花の形が飛んでいるツバメのように見えるからです。花の色は青紫色のものが多く、たいへん美しいものです。ところが、ヒマラヤでも5000 m前後の高所に生きる種類は淡い青色や黄色の、透き通るような花を咲かせるものが多くなります。そしてトリカブト属とは異なり、花弁はよく発達し、蜜を多量に分泌します。このように透き通るような花を咲かせる種類はキク科トウヒレン属のボンボリトウヒレンのような温室植物の一つと考えることができるのではないでしょうか?トリカブト属とオオヒエンソウ属は同じキンポウゲ科にあって、しかも近縁であるにもかかわらず、ヒマラヤの高山帯では全く異なった方向に進化を遂げているようです。 □温室植物やセーター植物はキク科トウヒレン属に多くの例が見られますが、この属にしかないというものではなく、キク科の他の属にも見られますし、他の科(例えばタデ科やシソ科など)にも多くの例があります。これはそれぞれの植物群で収斂が起こったものとみなすことができます。 □今から2億年後、ヒマラヤ山脈は再び海に沈み、日本列島から台湾、フィリピンにかけての地域に海抜10000 mを越える巨大山脈が出現するといわれています。気象条件が変化することは充分に考えられますので規模の大小は予測することが困難ですが、この山脈にも高山帯が成立するはずです。そうすると、この巨大山脈にはどのような高山植物が生まれるのでしょうか?ぜひ知りたいものです。 |
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