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 1891年(明治24年)10月28日の早朝、岐阜県・愛知県を中心に大きな地震がおきました。この地震は日本の内陸部で発生したものとしては最大級の規模(M8.0)で、死者7273名、全壊建物14万棟という大被害を生じました。名古屋をはじめ都市部では文明開化の象徴ともいえる洋式の煉瓦建造物の被害が目立ちました。また、震源にあたる根尾谷では大きな断層崖が現われました。これを目のあたりにして、当時東京大学教授で地質学者の小藤文次郎(1856〜1935)は地震の原因は断層の急激な運動であると確信をもつに至りました。

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